思考と欲望の狭間

Twitterじゃできないような頭の整理や日常のことを

ハイスペック養豚場 理想的な公共圏としての神奈総

 この記事は神奈総を養豚場、そしてその生徒を豚として比喩して、生徒たちのマナーの悪さやモラルの無さを批判したものだ。まだ読んでない人は読んでみよう。

 

wanwanichika.hatenablog.com

 

 でもこの記事の中で挙げられている批判って、僕が在校していた時から散々提起されてきたものだし、新規性は無い。あと養豚場と豚って表現は痛快でもないし、読んだ人を無意味に不快にさせてしまうし、比喩表現としても適切じゃないから風刺としては駄目だね。僕だったらアウシュヴィッツユダヤ人にする。

 

 

 

 

さあ今の僕の表現でこの記事がネットの海の藻屑となるのも時間の問題になりました。今これを読めているあなたはとてもラッキーです。ポリコレ棒を握った民衆が僕をゴルゴダの丘に連れて行く前に、読者のみなさんは全力でこの記事を読んでください。

 

 

 

 

 閑話休題、まあ表現が悪かったかもしれないけど、批判の内容は同意できる。確かに酷いところもあるもんね。言っても全然聞かないし。でもよく考えてほしい。ここに挙げられているエレベーターやゴミの分別の問題や、授業の「空け」って神奈総だけの問題なのかな?他の高校だって同じような問題を抱えているし、大学なんてもうモラルという概念が無いのかってぐらい酷いよ。大学生にもなって中央線の中に自転車投げ込む人いると思う?それがいるんですよ、僕の大学には。おお法政、我が母校。

 


【法政大学】法政大学校歌

 

 

 だからわざわざ批判するな、って話じゃない。むしろ僕は好意的だ。まあ記事の内容というよりも「こういう記事を書くこと」そのものを賞賛しているんだけどね。こういう学校全体の問題を提起すること自体が素晴らしいことだし、これこそが神奈総の魅力だ。

 

 そう、僕はこういう他の生徒を批判する記事を書いても封殺されない風潮、つまり「誰もが同じレベルで自由に主張できる風潮」こそが神奈総の一番の魅力だと思っている。「えっ?そこ?授業の多さとか行事じゃないの?」って思う人もいるのは分かるけど、これはもっと根源的なものだ。他の高校とも大学にも無い、神奈総だけの素晴らしさだ。

 

じゃあ他の高校や大学と何が違うのか見ていこう。

 

 

他の高校

 さっきも言ったけど、他の高校でも同じような問題はゴロゴロ転がっている。じゃあそれをどうしているかっていうと、先生たちがトップダウンで管理しているから、学校の問題は「先生が解決すること」なんだ。だから生徒側から問題提起されることなんて少ないし、そもそも話し合いの場すら与えてくれない。悪いことしたら先生に叱られるか、職員室行って反省文を書く。それが普通の高校。

 しかも普通の高校じゃスクールカーストがある。そこでは声が大きいカースト上位者の主張がまかり通って、カースト下位者の声なんて誰も聞いてくれない。もしそこでカースト上位者以外が誰かの行動を声高に批判したら「空気を乱した」ってことでハブられちゃうかもしれない。怖いね。

 

 

大学

 じゃあ大学はどうなってるのか。大学はスクールカーストなんて無いし、学生の自主性に任されているところが大きいけど、母集団が多すぎてそもそもどんな人がどこにいるか分からないし、誰が何言っても気づかれない。そして規模が大きすぎる分接触が少ない。接触が少ないということは衝突も少ない。だから誰かがモラルの低いことをしても他の人は「知らんがな」とか「めんどくさ」で終わり。あとは事務の人たちが片付けてくれる。まあさすがに中央線に自転車を投げ込むのはやばいけど。

 

 これに関しては社会も同じ。社会は大きすぎるから誰がどこにいるか分からないし、そもそも何が問題なのか分からない。そこで出てくるのがメディアで、メディアの大きな役割は「今世の中ではこれが問題になってるんですよ!」ってみんなに知らせるアジェンダ設定機能だ。でも社会は大抵金や権力を持っている奴の主張がまかり通るよね。これはスクールカーストと同じ。

 

 

じゃあ神奈総では?

 じゃあ神奈総が他の高校や大学と違うのはどこだろう。神奈総はクラス制の撤廃と部活や団体の加入・脱退が楽な風潮のお陰で仲が良い奴だけで集まれる。面倒くさかったら他のところに行けばいい。だからスクールカーストが無くなって、あらゆる個人や集団の関係がフラット化しているんだ。だから「誰が言ったか」よりも「何を言ったか」が優先されるから、声の大きい奴の発言だけがまかり通るってことはない。確かに校内で有名な人の発言の影響力は大きいけど、それはただ広がりやすいってだけで誰かの主張を封殺するものじゃない。まあ舞台系団体はホルスタに絶対服従を強いられているなんて噂もあるけど、噂だよあれは。そうであってほしい。そうですよね?

 

 まあここまでは大学と同じだ。じゃあ大学と何が違うのかっていうと、学校の規模だ。さっき大学は規模が大きすぎて誰がどこにいるか分からないって言ったけど、神奈総はちょうど良い具合に狭い。確かにみんな好き勝手にまとまって動いているけど、まとまったそれぞれの集団がちょうど良い具合に接触するから、交流が生まれて、誰がどこにいてどんなことを言ってるのかが分かりやすい。だからこそ問題意識が生まれる。この部活にはこの人がいるってみんなも何となく分かるんじゃないかな?

 

 そしてもう一つ違うことは、Twitterの存在だ。ちゃんと比較してないから確実なことは言えないけど、神奈総生はTwitterを利用している人が多く、タイムラインを開くと大抵誰かいて、そこでは「神奈総TL」という独特なものが形成されている。この「神奈総TL」が各個人や集団の間の潤滑油として上手く機能していて、各々の主張を可視化しているんだ。これはまさにさっき言ったメディアのアジェンダ設定機能なんじゃないかな?今までにも学校全体の問題をTwitter上で議論するということは度々見られたけど(炎上に近い時もあったけど)、これはアジェンダ設定機能が上手く動いたうえでそれぞれの関係がフラット化しているからこそ起きることなんだろうと思う。

 

 

まとめ

 今まで見てきたように、スクールカーストみたいに「階層化」しても力の強いやつが勝っちゃうからちゃんとした議論はできないし、かと言って大学みたいにそれぞれが勝手に仲良しだけで集まって「島宇宙化」すると、衝突は少なくなっても接触が減ってしまって議論はできない。

 

 そう、神奈総はそれぞれを良いとこ取りした学校で、「大きな組織の中で個人の考えをみんなが同じレベルで話し合える数少ない場所」なんだ。

 

 そもそもこういう話し合いの場(≒公共圏)ってのは「あらゆる人々が権力とか経済力とか何の制約もなく同じレベルで各々の主張ができる」ことが理想だって知り合いの社会学者のハーバーマスおじさん(昔はよく飴をくれた)が言ってた気がするけど、つまりある意味では神奈総の中に限っては「理想的な公共圏」とも言えるのかもしれないんだ。

 

 だからこそみんなには今回取り上げたブログ記事のように、もっと問題提起して議論してほしい。他にももっと問題はあるし、何よりもこんなことができるのは神奈総しかないかもしれないから、もっと楽しんでほしい。

 

だから問題は多くても、ただそれだけで神奈総を嫌いにならないでほしい。問題の多さを上回るほどそれをみんなで話し合う環境がここにはあるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんなこと長ったらしく書くならテーマ研究にすれば面白かったのにね。