思考と欲望の狭間

Twitterじゃできないような頭の整理や日常のことを

「つながる」価値 ソーシャル時代に生きる僕らの特権

 #○○さんとつながりたい

TwitterInstagramで一時期流行った(いや、僕が知らないだけで未だに使われているのかもしれない)タグがあった。このタグを付けることで、同じ趣味の人と相互フォローになることが狙いだ。

 

 正直、自分はその風潮を馬鹿にしていた。いや、自分以外にもそれを嫌っていた人は少なくなかったように思える。なぜならそのタグをつけて発信する彼らの姿がとても“浅はか”に見えたからだ。そもそも「つながる」という言葉自体が、特にSNS上ではとても陳腐なものになってしまっているように感じられる。しかしその「つながる」という言葉の意味を丁寧に紐解いていくと、それは「新しい人間関係を構築すること」になる。

 

 人間関係を構築する方法、それはメディアの変化とともに変わってきた。手紙による文通、電話、新聞や雑誌の投書欄、そしてその最先端の方法が、インターネットの中、特にSNSで知り合うことだろう。しかし時代によって方法は変化しつつも、最も根源的な行為は「実際に顔を合わせて会うこと」であり、どのようなメディアを通しても、最終的に「実際に顔を合わせて会うこと」に至らなければ、「つながる」行為は完成されないように思える。

 

 SNSはそういうものじゃない。もっと気楽なものだ、という人もいるだろう。確かにSNSの魅力は従来のコミュニケーションより「気楽」なことであるだろうし、僕もそれに魅了されたからこそ、今でもTwitterを使い続けている。しかし問題は、その気軽なフォロー行為の先に何を求めているのか、ではないだろうか。同じフォローでもその実態は様々で、その人が本当に好きで投稿は必ず見るという状態もあるだろうし、ただ何となくフォローしあって、その後深く関わり合うことなく、気づいたらフォローを外していたという状態に至ることもある。おそらく僕が浅はかに思えたのは後者だろう。先述したように、「つながる」という言葉は本来「新しい人間関係を構築すること」だが、冒頭で紹介したハッシュタグを用いては、単にフォローし合っただけの希薄な関係しか生まれず、その希薄な関係をもってして「つながった」とする人々の姿、つまり「つながる」の本来の意味とSNS上での意味との齟齬が不快感を生んだのだろう。

 

 ではSNSでつながることが全て無意味なことかと言えば、そういうわけではない。先程のハッシュタグにしろ、結局は本当に人間関係を構築したいかが重要で、それを鑑みれば、SNS上でのつながりというものは人間関係の輪を広げるために大いに役立つツールになる。以前は誰もが何かの会社に所属し、そこの名刺がその人の社会的立場を表す唯一のツールだった。しかし時代が変わり、一つの会社に一生属する意味が薄れてきた現代では名刺は意味を成さず、それに取って代わるものがSNS上での自分だと、僕の大学の教授は言う。

 

  確かに、まだ社会に出ていない僕らにとってはSNSをビジネス利用することはないにしても、十数年前のネットとリアルが完全に分離した世の中ではなく、ネットとリアルの動きが連動している今日では、SNS上のアカウントが広い社会の中で自分を表す「名刺」になっていると言っても過言ではない。しかもそれは実際の名刺よりもその人を深く知ることができ、(全て演技でなければだが)投稿内容を見ればその人の思考や性格さえも分かり得る。それは自分を表すことができるだけではなく、他人に実際に会う前からその人のなりを知ることができるので、憧れの人や本気で仲良くなりたい人を簡単に探すことができ、また必ずしもではないとしても、その人と実際に会うチャンスは増える。SNS上のつながりからリアルのつながりに移行できればしめたもので、それはただ友人が増えるということだけではなく、新しい価値観やアイデアを提供してくれる人と出会うことであり、新しい仕事が増えることさえ今日ではありえない話ではない。

 

 実際、僕もSNS上で知り合ってそこからリアルの関係に移行し、今では同じクラスの友人のように付き合っている人々がいる(いやむしろクラスの人より仲が良い)。そして彼らは一生付き合う価値がある人間だとはっきり断言できる。おそらくそれは十年前だったら成立することがなかった人間関係で、交わることがないまま一生を終えていただろう。

 

 しかし一方でSNSを現実での人間関係を補完するためだけのツールとしてしか使ってない人もおり、そのような人といくらつながりたいからと一方的にフォローすることは、当人からしてみれば自分の庭に勝手に入ってきた感覚と同じようなものとなるので、注意しなければならない。(まあ僕が先述した人もそういう人たちで、言ってしまえば僕が勝手に向こうの庭に押し入ったことになり、不快感を与えてしまったのだが、今は仲が良いから許して欲しいと思っている。勝手だが。)

 

 現代において、SNSという良くも悪くも多くの人とつながることができるツールを手に入れた僕らは、前の世代の人々たちとは比べようがないほど圧倒的に広い人間関係を構築することができるようになった。それを実際にするかどうかは別として、チャンスはあるわけだ。ならばその「特権」を上手く活用していくのも悪くないはずだ。