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『地域ではたらく「風の人」という新しい選択肢』を読んで

 秋は無言のまま去っていき、速度超過気味で冬がやって来た時分。いくらMARCH最弱とは言え、大学生なんだから本を読む習慣くらいつけないと。そう思い図書館の本棚を漁っていた。そろそろゼミのことを考えなければいけない時期であり、僕が大学に入って最も感銘を受けた教授のゼミがどんなことをしているのか興味があったので、そのゼミ生の方々が出版に携わったという本を、良い機会にと読んでみることにした。

 

タイトルは『地域ではたらく「風の人」という新しい選択肢』

 著者は田中輝美さんという、以前その教授の講義に特別ゲストとして来てくれた「ローカルジャーナリスト」をしている方と、教授の研究室となっている。

 本の大まかな内容は、島根という地方の中でも精力的に活動している八人の「風の人」それぞれにゼミ生の方々が取材し、それをまとめたものだ。八人の「風の人」は、住みづらく何もないと考えられている島根においても、新しい考え方を持ち込み、それぞれが持つ個性と情熱を活かし、活性化していく。

 

ここまで書くと最近ありがちな所謂「地域復興」の本のように思われる。確かに、八人の「風の人」はそれぞれの形で島根という地域を良い場所にしようと働いている。しかしこの本は単なる地域復興の本ではなく、現代の人々の人生の生き方に疑問を投げかけているのだ。

 それぞれの「風の人」を見てみると、「島根という地域を頑張って復興させなくては」という意志があったというより、自分自身がやりたいことを素直にやり通そうと思った結果、島根に流れ着いてしまったという印象だ。おそらく彼らは島根だったから来た、というわけではなく、やりたかったことが実現できたのがたまたま島根だった、ということなのだろう。「風の人」たちのそれぞれの言葉の中にも、「東京だったら埋もれてしまうが、地方だからできることがあった」という共通のワードが出てくる。それは東京で成功しなかったから地方で妥協している、という意味ではない。彼らはハッキリと自信と情熱を持って活動している。この本を読んで彼らの生き方を見れば、その眩しさに羨望の気持ちを抱くはずだ。

 彼らの生き方が眩しく見える理由、それは対比として私たちの生活、そして人生観があるからだ。

 今の人々には、何となく都会の企業に就職するというイメージを持っているのではないだろうか。増してやわざわざ大学を出てど田舎で働こうという気持ちは一切無いのではないだろうか。僕は三重県で生まれて小学生まで暮らし、中学校からは実家が横浜、学校は長崎で寮暮らし、という人生だった。長崎へは司祭になるために行ったとはいえ、当時の僕には本気で司祭になろうという気持ちは甚だ無く、漠然と横浜や東京の企業に就職するんだろうという気持ちがあった。田舎暮らしのほうが長かったのにだ。それは横浜や東京の「都会の考え方」がスタンダードであるという意識が、知らず知らずのうちに植え付けられていたのだろう。実際、長期休暇で横浜に帰ってきて、横浜の塾に夏期講習や冬季講習で行った時に驚いたことがある。授業の始まりに塾の先生が配ったプリントには、有名大学からどの企業に何人が就職しているかを示してあった。高校選びは大学選びに、そして最終的には就職に繋がる。だから努力しよう。高校入試を目前に控えた僕達にそう先生は発破をかけた。そのころには高校から就職まで「進路」という一本道があるというイメージが培われていたと思う。

 しかしその後、進路の悩みから自分の生き方を見つめ、その「漠然としたイメージ」が窮屈に思え、抜け出した。それからはそれまで以上に将来に希望を持つことができるようになり、どんなことがあっても生き抜いてやろうという気持ちも生まれたが、世の中にはそのイメージが蔓延しているように感じられた。特にインターネットやテレビから見た「世の中」は、数少ない都会の企業への就職というイスを、お互いに相手を蹴落としながら奪って座り、イスに座れなかった人には絶望が待っているイス取りゲーム、まさにゼロサムゲームのように感じた。このイメージは自分だけが抱いているのだろうか。そう考えることもあったが、この本があえてそのイメージに対して疑問を投げかけていることから、やはりこれは世の中全体に蔓延しているのだと感じた。

 

 「都会の大学に進み都会の有名企業に就職する」という事自体は悪くない。別にこの本は地域復興活動を奨励しているものではないし、前述したように、彼ら「風の人」も自分がやりたいことをやった結果が、たまたま地域復興活動に繋がっただけである。しかしある一つの固定されたイメージだけに囚われ、自らの選択肢を狭め、自分で自分の首を絞めてしまっているのであれば、それはあまりにも悲しいことではないだろうか。

 

 彼ら「風の人」たちのように情熱を突き通す生き方が、「ただの理想」として大人たちに笑われるのではなく、それが「当たり前」となるような世の中になることを望む。

 

 

地域ではたらく「風の人」という新しい選択

地域ではたらく「風の人」という新しい選択