思考と欲望の狭間

Twitterじゃできないような頭の整理や日常のことを

エピソードなんとか 現実の逆襲

「夢を持って頑張ろう」

 とても良い言葉だ。耳触りが良い。いつでも聞いていたいし、わくわくするし、事実僕らは小さい頃に大人たちからこの言葉をスパムメールのように送りつけられる。とってもハッピーだ。(余談だけどスパムは美味しい)
僕も色んな夢を持ったものだ。最初に持った将来の夢は今でもハッキリ覚えている。スターウォーズに出てくるジェダイの騎士だ。スクリーンの中でライトセーバーを駆使して悪と戦うオビ=ワン・ケノービの姿が、幼い僕の心に夢というフォースを覚醒させてくれた。

 しかし成長するに連れていって、僕たちは「現実」を否が応でも押し付けられる。
「夢を持て」と言っていた大人たちも、「現実を見ろ」と言うようになり、次第に「安定した職業に就くために良い大学に行け」と言うようになる。それが当たり前だと教えられた僕たちは、よく分からないまま進路を決め、よく分からないまま勉強し、よく分からないまま進学し、一方安定していないと言われる職業(声優やスポーツ選手など)を目指す人々を「夢見るガキたち」として嘲笑うようになる。
否定されるのは一部の職業に就くことだけじゃない。人生を楽しく、幸せに生きたい。当たり前のように思えるそれだけのことを、「甘ったれるな」とか「みんな苦しんでいるからお前も苦しめ」とか言われて否定されて、苦痛な現実を押し付けられるし、それが当たり前のように思い始める。

 僕も例外ではなかった。オビ=ワン・ケノービによってフォースに目覚めた僕の心は、「現実」という暗黒面に堕ちていった。

 でもおかしいと思わないか。夢っていうのは現実の上に存在するはずだし、夢があるからこそ人間は努力して成長するんじゃないのか。なんでそもそも現実=苦痛という式が成り立つんだ。なんでそれが当たり前だと思われてるんだ。

 みんなが言う「現実」って何なんだ?自分がやりたいことを諦めることか?辛い辛いって言いながらやりたくもない仕事を続けることなのか?
辛いだけならさっさと死んだほうが楽じゃないか?

 「現実」は苦痛なのが当たり前とした上で、それを再生産し続けていくならば、僕たちの世界は世代を経るごとに酷くなっていく一方じゃないか。VHSを何度も上書きしてすり減っていくように。すり減り続ければいつかは壊れる。そうしたらもう僕たちはヴァーチャルの世界に逃げ込んで幸せを得るしかないじゃないか。それならもういっそのことこんな世界捨ててしまったほうがいいじゃないか。

 そもそもみんなが目指している「安定」なんて存在しないんじゃないか。今はもう死にかかってる東芝SHARPの人たちだって、10年前は自分たちは「安定」の中にいると思ってたんじゃないのか。リーマンショックみたいなことが起きないとも限らないし、あと50年も経たずに必ず来るとされているシンギュラリティと、それによる産業革命レベルの社会変化の前では、もう全てが変わってしまって、今の常識なんてこれっぽっちも通用しなくなるんじゃないのか。

 だったら、存在するかどうかもわからない「安定」を目指すための攻略チャート、つまりとにかく勉強して良い大学に行けば安心みたいなことを教え込むんじゃなくて、本当に自分がやりたいことを見極めて、それを実現するために一体何が必要で、どういうリスクがあって、何をすればいいのかっていう「戦略的」に夢を目指すことを教えるべきじゃないか?考える時間も与えないで、躓いたら「お前が悪いんだ」って自己責任を押し付けるのはそれこそ無責任じゃないか?

 確かに夢を追うことはリスクがある。でも僕は自分が選んだ選択によって起きた結果は全て受け入れる覚悟があるし、たとえ目指していた夢を実現できなかったとしても、それを経験にできるし、すぐほかの路線に変更することもできるから、夢が実現できなかった=人生の失敗とは思ってない。むしろ親や社会に強制された選択をしたならば、僕はそいつらをずっと恨むだろう。「こんなはずじゃなかった。あいつらのせいだ」と。僕はみんながそういう考えを持てば世の中は絶対もっと面白くなると思う。もし誰も夢を目指さなくなったら、社会は必ず死ぬ。

 現時点で僕も夢を失っている。もちろんフィクションだと知っているからジェダイの騎士になろうとは思っていない。でも幼いころに純粋に夢を持っていた気持ち、つまり「フォースの輝き」はずっと探している。そのためにやりたいと思ったことはできるだけ全部やるようにしているし、面白いと思った人には何が何でもコンタクトを取ろうとしている。そうやって少しずつだけど着実に世界を広げている。未だに「現実」の恐怖に怯えているけど、もしオビ=ワン・ケノービが僕の前に現れて、僕のフォースを再び覚醒してくれるなら、僕は迷わずタトゥウィーンを抜け出してオルデランに向かうだろう。

「つながる」価値 ソーシャル時代に生きる僕らの特権

 #○○さんとつながりたい

TwitterInstagramで一時期流行った(いや、僕が知らないだけで未だに使われているのかもしれない)タグがあった。このタグを付けることで、同じ趣味の人と相互フォローになることが狙いだ。

 

 正直、自分はその風潮を馬鹿にしていた。いや、自分以外にもそれを嫌っていた人は少なくなかったように思える。なぜならそのタグをつけて発信する彼らの姿がとても“浅はか”に見えたからだ。そもそも「つながる」という言葉自体が、特にSNS上ではとても陳腐なものになってしまっているように感じられる。しかしその「つながる」という言葉の意味を丁寧に紐解いていくと、それは「新しい人間関係を構築すること」になる。

 

 人間関係を構築する方法、それはメディアの変化とともに変わってきた。手紙による文通、電話、新聞や雑誌の投書欄、そしてその最先端の方法が、インターネットの中、特にSNSで知り合うことだろう。しかし時代によって方法は変化しつつも、最も根源的な行為は「実際に顔を合わせて会うこと」であり、どのようなメディアを通しても、最終的に「実際に顔を合わせて会うこと」に至らなければ、「つながる」行為は完成されないように思える。

 

 SNSはそういうものじゃない。もっと気楽なものだ、という人もいるだろう。確かにSNSの魅力は従来のコミュニケーションより「気楽」なことであるだろうし、僕もそれに魅了されたからこそ、今でもTwitterを使い続けている。しかし問題は、その気軽なフォロー行為の先に何を求めているのか、ではないだろうか。同じフォローでもその実態は様々で、その人が本当に好きで投稿は必ず見るという状態もあるだろうし、ただ何となくフォローしあって、その後深く関わり合うことなく、気づいたらフォローを外していたという状態に至ることもある。おそらく僕が浅はかに思えたのは後者だろう。先述したように、「つながる」という言葉は本来「新しい人間関係を構築すること」だが、冒頭で紹介したハッシュタグを用いては、単にフォローし合っただけの希薄な関係しか生まれず、その希薄な関係をもってして「つながった」とする人々の姿、つまり「つながる」の本来の意味とSNS上での意味との齟齬が不快感を生んだのだろう。

 

 ではSNSでつながることが全て無意味なことかと言えば、そういうわけではない。先程のハッシュタグにしろ、結局は本当に人間関係を構築したいかが重要で、それを鑑みれば、SNS上でのつながりというものは人間関係の輪を広げるために大いに役立つツールになる。以前は誰もが何かの会社に所属し、そこの名刺がその人の社会的立場を表す唯一のツールだった。しかし時代が変わり、一つの会社に一生属する意味が薄れてきた現代では名刺は意味を成さず、それに取って代わるものがSNS上での自分だと、僕の大学の教授は言う。

 

  確かに、まだ社会に出ていない僕らにとってはSNSをビジネス利用することはないにしても、十数年前のネットとリアルが完全に分離した世の中ではなく、ネットとリアルの動きが連動している今日では、SNS上のアカウントが広い社会の中で自分を表す「名刺」になっていると言っても過言ではない。しかもそれは実際の名刺よりもその人を深く知ることができ、(全て演技でなければだが)投稿内容を見ればその人の思考や性格さえも分かり得る。それは自分を表すことができるだけではなく、他人に実際に会う前からその人のなりを知ることができるので、憧れの人や本気で仲良くなりたい人を簡単に探すことができ、また必ずしもではないとしても、その人と実際に会うチャンスは増える。SNS上のつながりからリアルのつながりに移行できればしめたもので、それはただ友人が増えるということだけではなく、新しい価値観やアイデアを提供してくれる人と出会うことであり、新しい仕事が増えることさえ今日ではありえない話ではない。

 

 実際、僕もSNS上で知り合ってそこからリアルの関係に移行し、今では同じクラスの友人のように付き合っている人々がいる(いやむしろクラスの人より仲が良い)。そして彼らは一生付き合う価値がある人間だとはっきり断言できる。おそらくそれは十年前だったら成立することがなかった人間関係で、交わることがないまま一生を終えていただろう。

 

 しかし一方でSNSを現実での人間関係を補完するためだけのツールとしてしか使ってない人もおり、そのような人といくらつながりたいからと一方的にフォローすることは、当人からしてみれば自分の庭に勝手に入ってきた感覚と同じようなものとなるので、注意しなければならない。(まあ僕が先述した人もそういう人たちで、言ってしまえば僕が勝手に向こうの庭に押し入ったことになり、不快感を与えてしまったのだが、今は仲が良いから許して欲しいと思っている。勝手だが。)

 

 現代において、SNSという良くも悪くも多くの人とつながることができるツールを手に入れた僕らは、前の世代の人々たちとは比べようがないほど圧倒的に広い人間関係を構築することができるようになった。それを実際にするかどうかは別として、チャンスはあるわけだ。ならばその「特権」を上手く活用していくのも悪くないはずだ。

 

 

 

レポートもどき

大学のゼミで現在やってるレポートもどきをここに書いてみる。

 

 僕のゼミは、前期は元NHK記者である担当教授が雑誌に寄稿している連載を元に、各グループがその内容を追加資料を加えながらまとめて発表するという形で行っていた。そして後期はその中の連載の中からテーマを一つ選び、元記事の内容から自分なりに論を発展させ、一人一人発表し、最後は論文に書くというものだった。テーマは原爆原発問題、731部隊や米軍基地問題など、どれも占領期の日本に端を発する問題を扱ったものばかりで、メディアを勉強したくて大学に来たゼミの人々は、見るからにやる気がなかった。無理もない。僕も同様だったが、たまたま連載の中に、「キリスト教と戦争とマッカーサー」というものがあったので、それを元にし、日本のカトリック教会が日中戦争から太平洋戦争までの所謂「戦中」に行ってきた信者への戦争協力への扇動について研究テーマを設定した。それは僕自身がカトリック教徒であり、この記事の中で記された事実に大きな衝撃を受け、この問題こそこれからの日本のカトリック教会、ひいては全ての宗教団体が認識、そして解決していかなくてはならないという危機感を一人の信者として覚えたためだ。特にナザレのイエス新約聖書の中で説いた「隣人愛」を実行し、所謂「平和の象徴」として戦争反対と世界平和を訴えてきたカトリック教会が、それとは全く正反対の行動であると思われる信者への戦争協力の扇動を行ってきたこと、そしてその事実を私自身や周囲の信者が誰も知らなかったことに大きな衝撃を覚えた。そしてここまで大きな問題について私自身が今まで全く知らなかったことを反省し、今回このテーマを設定した所存だ。記事内では日本のキリスト教会の戦争協力から、戦後のマッカーサーによる日本のキリスト教国化、そして皇室とキリスト教との関係など、戦中から戦後まで広い期間の様々な事柄に触れているが、今回は教会の戦中の戦争協力に絞って見ていく。

 

 記事内では教会が軍部に弾圧されたこと、そして上智大学の事件を転換点として戦争協力を行っていったことについて触れられている。前述の通りそれは一般的な教会へのイメージとは全く異なったものであり、私はその真偽を確かめたく、戦中に発刊されていたカトリック教会の雑誌「聲」を閲覧するためにイエズス会の聖三木図書館を訪れた。そこで「聲」の戦中から戦後までの数年間分を閲覧したが、非常に信じ難い内容であった。戦中においては、「されば我等信者は國民として國のため財産を捧げ血までも捧げること寧ろ其の本来の悦びとするところである」「誠心誠意を以て政府と協力し、あらゆる精神的貢献を致さんと欲するものである」など、信者に対して戦争協力を呼びかけている。しかも、ナザレのイエスが自ら十字架刑に処されて犠牲になったことで、人類全体の罪を贖ったとする「原罪と贖罪」の理念を、国家への献身と同意義として扱っている。その内容は戦争が佳境に向かっていくにつれて激しくなり、太平洋戦争が始まってからは米国人に対する批判さえもしている。其の様相たるは、一宗教団体の刊行物というより、政府のプロパガンダ雑誌としか思えない。現在カトリック新聞を代表する各刊行物が、各教会・家庭のどこにでもあることを考えれば、その影響力は大きかったことは間違いない。

 

 しかし戦争が終わった次の年からは内容が一変する。戦中に教会自身が行ってきたことをすっかり忘れたように「民主主義」の文字が並び、終戦直後の日本人の精神的貧困を嘆いている。その後教会が行ってきた戦争協力について長年触れられることはなく、1986年の第四回アジア司教協議会連盟総会でアジアの人々への謝罪を公式に初めて表明。また1995年にカトリック司教団から出された「平和メッセージ」では、

「日本のカトリック教会が、そこに隠されていた非人間的、非福音的な流れに気がつかず、尊いいのちを守るために神のみ心にそって果たさなければならない預言者的な役割についての適切な認識に欠けていたことも 、認めなければなりません。」

と教会が日本の戦争行為に対して何の行動も起こさなかったことを認め、これらをカトリック教会の代表であるカトリック司教団の総意の謝罪としている。しかし直接的に信者へ戦争協力を扇動したことについては全く触れておらず、あくまでも「自分たち教会が何もしなかったこと」についての謝罪である。

 

 ではそもそも何故「隣人愛」を説くカトリック教会が、日本の戦争行為と国家への忠誠を容認できたのだろうか。キリスト教の最も根源的な掟である律法、つまりモーセの十戒の第五の掟では「汝、人を殺すなかれ」と記され、カトリック教会の教義をまとめたものである公教要理では、その十戒の第五の掟を拡大解釈して、戦争を禁止している。しかしカトリック教会は全ての武力行為を禁止しているわけではない。同じく公教要理では軍事力による正当防衛が行使できる条件が記されており、

1.国あるいは諸国家に及ぼす攻撃者側の破壊行為が持続的なものであり、しかも重大 で、明確なものであること

2.他の全ての手段を使っても攻撃を終わらせることが不可能であるか効果をもたらさないということが明白なこと

3.成功すると信じられるだけの十分な諸条件が揃っていること

4.武器を使用しても、除去しようとする害よりも更に重大な害や混乱が生じないこと

とかなり厳格であるが、この条件を満たす場合は武力行為を行える。では戦中の日本の行為はどうだったか。東京教区大司教である岡田武夫は、「信教の自由と政教分離」においてこう述べている。

  「戦前戦中のカトリック教会の指導者は、日本でも教皇庁でも「大東亜戦争」が侵略戦争であるという明白な認識をもっていなかったと思われます。もし侵略戦争という認識を持っていたとすれば、「殺してはならない」という第五戒をするようにと教えたことでしょう。正当な戦争には第五戒は適用されない、そしてこの「大東亜戦争」は正戦でありかつ聖戦である、と考えられていたのです。」

 これに拠れば、当時の教会は日本の行為を侵略戦争と認識しておらず、前述の公教要理における「軍事力による正当防衛」にあたるとし、容認していたことになる。日本の戦争行為が侵略戦争であったか否かについては、僕の研究が足りておらず、それを記そうとすればこの文と本旨と異なってしまうため、ここで論ずるべきことではない。しかしカトリック教会がそれを侵略戦争であったと認識し、自身の見解が本来あるべき姿と異なっていたことを認めている以上、教会に責任はあると言える。また神を信仰しながら、国家への忠誠を誓うことは矛盾しているように思えるが、これも公教要理では、「倫理的秩序のために必要になる権威は神に由来されるもの」と定められ、権力者つまり当時の日本での天皇への忠誠は神への忠誠と対立しないとしたので、これを容認できた。

 

 ここまで日本のカトリック教会が戦中にどのようにして戦争協力を行い、それについての戦中と戦後の見解の違い、そして戦中の教会自らの「静観の姿勢」に対する謝罪を見てきた。ではそれらの経緯を踏まえた上で、現代の日本のカトリック教会は戦争と平和に対してどのような姿勢を見せているだろうか。

 

 1967年、教皇 パウロ六世の呼びかけにより、ヴァチカンに「正義と平和委員会」が設立され、全世界の司教協議会にたいしても同じ趣旨の委員会を設けるようにという要請が出され、1970年に日本でも「正義と平和司教委員会」が発足され、世界、特にアジアにおける社会正義と平和の実現のための活動を現在まで行っている。その活動は刊行されている雑誌や公式サイトから見ることができるが、その内容は「死刑廃止」「原発廃止」「沖縄米軍基地移設反対」「安全保障関連法案と改憲反対」など、現在進行系で激しい論争が行われている政治問題についての声明発表や抗議運動が大きく目立ち、正義と平和司教委員会もそれを優先的な課題としている。ここで宗教団体が政治に直接的でなくても関与することに違和感を覚えるかもしれない。確かに、日本政府と国家神道の結びつきとGHQによる解体、そして戦後の宗教団体を母体とする政党の出現とそれに対する良いとはいえないイメージから、政治と宗教が結びつくことに対して嫌悪感を抱く風潮が日本にはある。しかしキリスト教の思想が根底にある欧米ではそうではなく、アメリカの政界ではプロテスタントが強い力を持っており、そもそもイスラーム世界では政治と宗教を区別する概念が無い。カトリックの公教要理でも、教会は特定の政治的立場に立つことはなく、組織としては政治に直接介入しないという姿勢ながらも、「人間の基本的権利や霊魂の救いが要求する時には、政治的秩序に関する事柄についても倫理的判断を下すこと」は教会の使命とし、これを根拠にしてカトリック教会は日本政府に対して声明発表や抗議運動を行っている。確かに教会としては自身の使命を果たすために特定の政治的立場に立たざるを得ないのかもしれないが、これらの問題は、教会内外どちらにおいても反対派ばかりではなく賛成派もいるように、単純な正義と悪で片付けられる問題ではなく、もっと慎重に扱われるべきものである。

 

またその発信方法も適切であるとは言い難い。現状声明発表や抗議活動を行っていても、それが国会の場や、テレビや新聞などの大手メディアに取り上げられることはなく、実際に私が基礎演習の中でこのことについて議論しようとしたが、知っている者はいなかった。それどころかカトリック信者でも知らない者がいる可能性もある。自身の主張を繰り返しても、それが届かなければ全く意味をなさない。この多種多様な情報で溢れている現代社会で、知られていないことは存在していないことと同意義である。主張することは重要だが、まずはそれが教会外の社会に認知してもらうための適切な方法を考えていくべきではないだろうか。

 

確かに、これらの現在のカトリック教会の活動は、隣人愛を説く教会の姿としても、また戦中の教会自身の行動に対する反省としても然るべきものではある。しかしその姿勢の底には、根本的な問題である「多くの人間を操作するだけの強大な力」を教会自身が所有しているという自覚は見えず、また活動に際して自身が戦中に行ってきた行為について触れられることがなく、反省をしているというよりは汚点を隠そうとしているように見受けられる。今後平和を訴えていく活動を行っていく上で、教会が戦中に行った行為に対しての責任は外すことができないものであり、それを繰り返さないためにも、たとえそれが戦時中の特殊な状況で、従わざるを得なかったとしても、曖昧な表現ではなく、自身が戦争協力を行ったことを明確に謝罪し、その事実を風化させないためにも信者全体に認知させ、自身が「多くの人を操作できる強大な力」を所有していることを自覚していくべきだ。

 

少ない資料と知識でなんとかこねくり回したものだから、正直穴が多いことは承知の上だ。その上で(まああるとは思わないが)そっちの方面で詳しい人が見てくれたなら指摘して欲しい。

『地域ではたらく「風の人」という新しい選択肢』を読んで

 秋は無言のまま去っていき、速度超過気味で冬がやって来た時分。いくらMARCH最弱とは言え、大学生なんだから本を読む習慣くらいつけないと。そう思い図書館の本棚を漁っていた。そろそろゼミのことを考えなければいけない時期であり、僕が大学に入って最も感銘を受けた教授のゼミがどんなことをしているのか興味があったので、そのゼミ生の方々が出版に携わったという本を、良い機会にと読んでみることにした。

 

タイトルは『地域ではたらく「風の人」という新しい選択肢』

 著者は田中輝美さんという、以前その教授の講義に特別ゲストとして来てくれた「ローカルジャーナリスト」をしている方と、教授の研究室となっている。

 本の大まかな内容は、島根という地方の中でも精力的に活動している八人の「風の人」それぞれにゼミ生の方々が取材し、それをまとめたものだ。八人の「風の人」は、住みづらく何もないと考えられている島根においても、新しい考え方を持ち込み、それぞれが持つ個性と情熱を活かし、活性化していく。

 

ここまで書くと最近ありがちな所謂「地域復興」の本のように思われる。確かに、八人の「風の人」はそれぞれの形で島根という地域を良い場所にしようと働いている。しかしこの本は単なる地域復興の本ではなく、現代の人々の人生の生き方に疑問を投げかけているのだ。

 それぞれの「風の人」を見てみると、「島根という地域を頑張って復興させなくては」という意志があったというより、自分自身がやりたいことを素直にやり通そうと思った結果、島根に流れ着いてしまったという印象だ。おそらく彼らは島根だったから来た、というわけではなく、やりたかったことが実現できたのがたまたま島根だった、ということなのだろう。「風の人」たちのそれぞれの言葉の中にも、「東京だったら埋もれてしまうが、地方だからできることがあった」という共通のワードが出てくる。それは東京で成功しなかったから地方で妥協している、という意味ではない。彼らはハッキリと自信と情熱を持って活動している。この本を読んで彼らの生き方を見れば、その眩しさに羨望の気持ちを抱くはずだ。

 彼らの生き方が眩しく見える理由、それは対比として私たちの生活、そして人生観があるからだ。

 今の人々には、何となく都会の企業に就職するというイメージを持っているのではないだろうか。増してやわざわざ大学を出てど田舎で働こうという気持ちは一切無いのではないだろうか。僕は三重県で生まれて小学生まで暮らし、中学校からは実家が横浜、学校は長崎で寮暮らし、という人生だった。長崎へは司祭になるために行ったとはいえ、当時の僕には本気で司祭になろうという気持ちは甚だ無く、漠然と横浜や東京の企業に就職するんだろうという気持ちがあった。田舎暮らしのほうが長かったのにだ。それは横浜や東京の「都会の考え方」がスタンダードであるという意識が、知らず知らずのうちに植え付けられていたのだろう。実際、長期休暇で横浜に帰ってきて、横浜の塾に夏期講習や冬季講習で行った時に驚いたことがある。授業の始まりに塾の先生が配ったプリントには、有名大学からどの企業に何人が就職しているかを示してあった。高校選びは大学選びに、そして最終的には就職に繋がる。だから努力しよう。高校入試を目前に控えた僕達にそう先生は発破をかけた。そのころには高校から就職まで「進路」という一本道があるというイメージが培われていたと思う。

 しかしその後、進路の悩みから自分の生き方を見つめ、その「漠然としたイメージ」が窮屈に思え、抜け出した。それからはそれまで以上に将来に希望を持つことができるようになり、どんなことがあっても生き抜いてやろうという気持ちも生まれたが、世の中にはそのイメージが蔓延しているように感じられた。特にインターネットやテレビから見た「世の中」は、数少ない都会の企業への就職というイスを、お互いに相手を蹴落としながら奪って座り、イスに座れなかった人には絶望が待っているイス取りゲーム、まさにゼロサムゲームのように感じた。このイメージは自分だけが抱いているのだろうか。そう考えることもあったが、この本があえてそのイメージに対して疑問を投げかけていることから、やはりこれは世の中全体に蔓延しているのだと感じた。

 

 「都会の大学に進み都会の有名企業に就職する」という事自体は悪くない。別にこの本は地域復興活動を奨励しているものではないし、前述したように、彼ら「風の人」も自分がやりたいことをやった結果が、たまたま地域復興活動に繋がっただけである。しかしある一つの固定されたイメージだけに囚われ、自らの選択肢を狭め、自分で自分の首を絞めてしまっているのであれば、それはあまりにも悲しいことではないだろうか。

 

 彼ら「風の人」たちのように情熱を突き通す生き方が、「ただの理想」として大人たちに笑われるのではなく、それが「当たり前」となるような世の中になることを望む。

 

 

地域ではたらく「風の人」という新しい選択

地域ではたらく「風の人」という新しい選択

 

 

渋谷と秋葉原が嫌い

僕はうんざりするほど渋谷と秋葉原という街が嫌いだ。

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 何が嫌かって、あの人の量、暑苦しさ、汚さ…あらゆる人間のカオスの集合体のようなものがあれらの街には感じ取れて、何か用があって駅を降りるたびにうんざりした。それにそこに集まる人も苦手だ。渋谷といえばウェイやパリピが集まる街。秋葉原といえば根暗オタクが集まる街。確かにそこには偏見があることも自覚しているが、あれらの街は雰囲気からしておかしいことを肌で感じる。一方銀座や日本橋はとても居心地がいい。整然とされた街並み。品を感じるお店。大音量のBGMが垂れ流されたり、馬鹿騒ぎする若者や外国人たちが居なかったり、静かで良い。三重や長崎という田舎で生まれ育ってきた自分にはそれがちょうど良いと思った。

 

 しかし大学生活に入ってから東京に行く機会が多くなり、それらの街に度々行く中で、一つのことに気づく。これらの街がカルチャーの発信地の最先端であることを。カルチャーといってもウェイ系やパリピにすぐ結びつけられるああいう類のものだけではない。演劇、映画、音楽、ファッション、ゲーム、アニメ、伝統芸能。ありとあらゆるものがごちゃ混ぜとなって一つの"空気"を生み出している。例えば渋谷といっても、新国立劇場では最新の演劇やダンスから、不朽の名作と呼ばれるものまで全てが観れるし、Bunkamuraではロンドンのナショナルシアターで演じられた作品を観ることができ、ユーロライブでは落語さえ観ることができる。若者から年配までありとあらゆる人々が集まり、そこでカルチャーを貪っている。渋谷や秋葉原には最先端のカルチャーがあり、それにありとあらゆる人が惹かれ、またそこで新たなカルチャーが生まれる。その循環がある。

 

そこで僕は気づいた。僕がそれらの街で感じていた人間のカオスこそが、新しいカルチャーが生まれる温床になっていることに。

 

 確かに整然とされていないそのカオスからは心地よく美しいものも生まれるが、ノイズも多い。虫唾が走るようなものさえある。しかし最先端のものをいち早く味わうためには、そこに行くべき他ない。一方ノイズを聞きたくなければ、静かでカオスが無い場所に行くことだってできる。そこに行けば完成された美しいものが並んでいる。そしてそこにずっと居続けるのも良い。しかし高い学費を払ってメディアを学び、新しいコンテンツを作り、世の中に新しい価値を与えようとしている僕らはどうだろうか。確かにコンテンツだって若者だけのものではなく、年配に向けたものものある。そしてそれだけを作っていけば良い。しかし、言葉は悪くなるが、いずれ死に行く年配たちに合わせて作ったコンテンツで世の中に新しい価値を与えられるのだろうか。むしろ僕たちはこれから社会を作っていく僕たちと同じ世代や下の世代に向けたコンテンツを作っていくべきなのではないだろうか。心と価値観を揺さぶり、疑問を投げかけるようなコンテンツを。そのためにはノイズで溢れるカオスの渦の中に飛び込んでいくしかない。そこで渦にのまれ、様々な人々と出会い、刺激を受け、自分の発想の泉を満たしていくしかない。

 

 僕はまだそれらの街と、そこのカルチャーの氷山の一角しか味わっていない。何も知らないのだ。今まで特に知ろうともせずに嫌っていたのが悔しいが、まあ早い段階に気づけたからいい。もっと行って、カルチャーを貪り、新しいものを作りたい。

 

 

初高座を終え

 先日、所属する落語研究会での初高座を終えた。高校の時に所属していた落語研究会で落語をできなかった悔しさから、大学では絶対落語をやってやろうという思いで入学以前より先輩と連絡を取り、入学式が終わるとすぐ部室に直行した。どうやらその姿勢に先輩方はドン引きしたようだが、最初はそれぐらい威勢があってもいいのではないかなと思う。

 

 新入生寄席の1ヶ月前、初めての稽古会ではテンパりすぎて自分でも何を言っているか分からなかった。まだ噺を覚えたてであったことと、たくさんの先輩と同級生が全員こちらを見ていることのプレッシャーによるものだった。初めてだったから仕方がなかったのかもしれないが、共に演った同級生たちが自分と違って安定した演技を行い、笑いを生んでいたことに焦りを覚えた。だからこそ先輩や同級生がくれたアドバイスを受け止め、なんとか工夫しようと思い、稽古会が行われるたびに前週のものよりも面白くしようと心がけた。その過程で余裕が生まれていったと思う。

 

  元来、本番で一番緊張しないという性格からか、本番で一番安定した思い通りのものができたという実感はあった。場の空気のせいもあってか、大きな笑いを生むことはできなかった。しかし自分の思い通りに演じることができ、狙ったところで小さくとも笑いが取れた時の感覚は、興奮に近い快感で、あれこそがまさに「アドレナリンが出ている状態」だったのかもしれないと今では思う。

 

  本番ではある程度の達成感を得ることができたが、未だ課題は多い。自分含め寄席全体の空気をもっと着実に作らなければいけないし、個人的にも、言葉の間違いや滑舌の悪さなどの問題もある。自己満足の落語にならないためにも、もっと精進していくつもりだ。

 

「スポットライト 世紀のスクープ」を観て ジャーナリズムと教会のあるべき姿

 元々テーマが非常に興味深く、また大学の課題の映画鑑賞レポートの対象でもあったので、上映回数と小さいシアターでの上映ということで一抹の不安を抱きつつも、久しぶりに映画館に赴き、「スポットライト 世紀のスクープ」を鑑賞した。

以下、公式サイトの紹介文から

 

2002年1月、アメリカ東部の新聞「ボストン・グローブ」の一面に全米を震撼させる記事が掲載された。地元ボストンの数十人もの神父による児童への性的虐待を、カトリック教会が組織ぐるみで隠蔽してきた衝撃のスキャンダル。1,000人以上が被害を受けたとされるその許されざる罪は、なぜ長年にわたって黙殺されてきたのか。この世界中を驚かせた"世紀のスクープ"の内幕を取材に当たった新聞記者の目線で克明に描き、アカデミー賞部門(作品賞/監督賞/助演男優賞/助演女優賞/脚本賞/編集賞)にノミネートされるなど、名実ともに全米で絶賛を博す社会派ドラマ、それが『スポットライト 世紀のスクープ』である。 

 

 はっきり言ってこの映画はとても単調だ。山も谷もなく、どんでん返しがあるわけでもない。このあらすじなら、「陰謀渦巻く教会からの度重なる妨害にも屈せずに戦い続けた記者たち」みたいなストーリーも演出できそうであるが、それもない。回想シーンもなく、複数の視点切り替えがあるわけでもなく、ただ記者たちが真実を求めて地道な作業を行っていく姿を記者側の視点だけで淡々と描いている。なるほど、これではいくらアカデミー賞を二部門(しかも最高名誉である作品賞)で受賞したとしても、一日一回上映で小さいシアターに追いやられるわけだ。万人受けは絶対にしない。

 

 しかし映画をしっかり観ると、なぜこの作品が高評価なのかが分かる。前述のとおり記者たちの姿を淡々と描いているのだが、これが非常に細かく描かれている。地道な文献調査や関係者の取材を続け、問題解決のために少しづつ外堀を埋めていく。その過程で妨害を受けたり、取材対象を傷つけたりすることになってしまうが、「スポットライト」のチームたちは、被害者のために尽力する。途中、記事の速報性を優先しようとして、チームの1人であるマイクがデスクのウォルターに抗議するシーンがあるが、ウォルターは冷静に諌め、教会というシステムの問題の全貌が明らかになるまでは記事を出さないことを告げる。おそらくこの部分は速報性が「命」である新聞においては大きな決断であると思うが、ウォルターは問題の根本的解決を優先したのだ。そこに彼が持つ「ジャーナリズムのあり方」が見える。おそらくそれがジャーナリズムのあるべき姿の1つなのであろうと思う。この映画はそれを気づかせてくれる。


 このような作品を観るとどうしても「それに対して今のマスゴミは~」という感想に陥りがちである(実際にそのような感想をネットでちらほら見た)。しかしマスコミを批判する前に自分たちの姿を見つめ直すべきなのではないか。いくらマスコミによる報道が酷くても、それが行われるのはそれを求めている人がいるという現実があるからだ。私達情報の受け手側の意識が変われば、完全ではないにしても情報の発信側もやり方を変えざるをえないだろう。

 

 また「報道」はもはや他人事ではない。今やSNSスマートフォンの発達で誰もが発信者になる。事実、SNSを発端とした事象がテレビや新聞に取り上げられるということも少なくない。SNSやブログを友人たちのコミュニケーションツールとして使用するだけなら、この作品で描かれた記者たちの姿勢を参考にする必要はないかもしれないが、それらを自らの主張を発信したり、問題提起をしたりするツールとして使うつもりがある人は、是非参考にするべきだと思う。人々はどのような情報を求めているか。またどのように発信したら情報の受け手に伝わり、問題が解決に進むのか。


 この映画にはもう1つ大きなテーマがある。そしてそれもアカデミー賞を受賞した大きな要因になったと思う。それは「教会というシステムの問題」そのものについてだ。しかし、ネットで他人の感想を見てみても、言及しているのは私が前述したような「記者たちの姿」だ。この映画のもう一つの肝、「教会というシステムの問題点」について言及している人は少ないように感じる。これは仕方がないことでありながら非常に惜しい部分でもある。欧米では教会というシステムが一般社会の中に組み込まれており、個人の思想や日々の生活のどこかに「教会」の姿が見え隠れする。しかし教会そのものが身近なものではなく、ある意味教会というシステムと一般社会が切り離されている日本では、この映画で提起されている「教会というシステムの問題点」が差し迫ったものにはならないのだ。

 作中では「事件すらもみ消せる教会の権力」が描かれているが、それは直接教会が妨害してくるわけではない。事実、作中には教会側の視点がほとんど描かれていない。教会が問題をもみ消すことができる一番の理由は、被害者も周囲の人々も、教会が信仰や生活の基盤となっており、それを壊したくないという切実な思いがあるからだ。教会とは厄介なもので、カトリックは物心つく前に入信させる幼児洗礼が主流で、小さい時から教会で過ごして育ってきた人がほとんどだ。そして人間関係やアイデンティティまでもが教会を基礎として成り立っており、神と信者との仲立ちの役割を果たす神父の存在は、個人の中で自然と大きくなる。つまり信者が神父を公の場で非難し、教会というシステムに荒波を立てることは、自身のアイデンティティと「居場所」を揺るがすことに繋がってしまうのだ。だから被害者本人も積極的に非難する事を躊躇い、周囲の人々もそれを諌めようとし、問題を内輪で抑えようとするのだ。これはあまりにも卑劣だ。仮にも隣人愛と神の愛を説くカトリック教会がやってはいけないことである。宗教とは人のためにあるものであり、人を傷つけることがあっては一切ならない。


 カトリック教会は、聖ペトロが中心となって成立した初代教会から約2000年も存続し続け、その間にシステムは肥大化し、多くの問題を抱えることになった。そしてその問題を解決しようとマルティン・ルター宗教改革を起こし、教会側も第二バチカン公会議等で時代に則した「新しい教会」を打ち立ててきた。しかしそれにもかかわらず、このような事件が起こってしまったことは1人の信者として遺憾だ。この事件が報道されてからは、前教皇ベネディクト16世も積極的に問題解決に乗り出したり、この映画がバチカンで特別公開されるなど、カトリック教会側も大きな問題意識を持っていることが伺える。このような事件が再発しないことを強く望みたい。


 私たちのように宗教に属するものは、信仰を強く持ち、教義を理解し、信者として何を重視するべきなのかを常に考え、「宗教は人のためのものであり、人を傷つけてはならない」ことを常に忘れてはならない。